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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(行ツ)20号 判決 1982年12月02日

上告人

札幌市長 板垣武四

右訴訟代理人弁護士

山根喬

右指定代理人

伊東義昭

(他四名)

被上告人

石井軍司

右当事者間の札幌高等裁判所昭和五四年(行コ)第一〇号懲戒免職処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五五年一〇月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山根喬の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて被上告人に対する上告人の本件懲戒処分が懲戒権者の有する裁量権の濫用にわたり違法であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤崎萬里 裁判官 団藤重光 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一)

<参考> 上告代理人山根喬の上告理由

昭和五五年一一月一一日付上告状記載の上告理由

一、上告人の事実上法律上の主張は、原判決における当事者の主張および証拠関係記載の通りである。

二、しかしながら原判決は本件懲戒免職処分は社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用した違法な処分であるとしているが、右判決は法律上の判断を誤ったものであり、右懲戒免職処分は何ら裁量権濫用には該当しない。

三、結局原判決は地方公務員法第二九条第一項第一号および第三号の解釈・適用を誤ったものであり、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

四、従って原判決は破毀を免れず、よって本上告を提起する。

昭和五五年一二月二二日付上告理由書記載の上告理由

本件懲戒処分をもって裁量権の濫用にあたるとした原判決は、以下述べるとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があり破棄されるべきである。

一、法令の違背について

公務員に対する懲戒処分は、当該公務員に職務上の義務違反のほか全体の奉仕者たる公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため科せられる制裁である。

ところで、地方公務員法は、第六条では「……任命権者は、法律に特別の定がある場合を除く外、この法律並びにこれに基づく条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、それぞれ職員の任命、休職、免職及び懲戒等を行う権限を有するものとする」と規定し、第二九条で懲戒処分をすることができる場合を規定しているが、同条に規定する懲戒事由がある場合に、懲戒権を有する任命権者が、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかについては、具体的な基準を設けていないことから、これらの決定にあたっては、行政目的に従うこと(第一条)、平等に取扱うこと(第一三条)、公正に行うこと(第二七条第一項)という要件に反することなく、かつ、行政目的からみて条理上是認できるもの(いわゆる、比例の原則に従ったもの)である限り、任命権者が懲戒等の人事権行使につき、自由にその裁量権を行使することができるのである。

また、任命権者には、住民に対して、地方公共団体の行政の民主的かつ能率的な運営を保障する使命があり(同法第一条)、その運営に支障をきたさないため公務員関係の秩序を維持し、高度の廉潔性を保持する責務がある(最高裁判所昭和四九年二月二八日判決、民集二八巻一号六六頁)。従って、懲戒処分の決定にあたる者としては、社会的な時代背景を十分考慮したうえ、職場における秩序回復、維持効果を勘案しながら、合目的的、弾力的に人事権を行使しなければならないのである。

ゆえに、懲戒権者が、懲戒処分をすべきかどうか、また懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決定する判断は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督にあたる者の裁量に任すのでなければ、行政目的にそった適切な結果が得られないものである。もとより、この裁量権が濫用となるのは、処分がまったく事実上の根拠に基づかないと認められる場合、または、社会通念上著しく妥当を欠き、懲戒権者に任された裁量権の範囲を超えるものと認められる場合に限り、司法審査による救済がなされるべきであり、この点については最高裁判所もすでに昭和二九年七月三〇日判決(民集八巻七号一、四六三頁)、昭和三二年五月一〇日判決(民集一一巻五号六九九頁)及び昭和四九年七月一九日判決(民集二八巻五号七九〇頁)において判示したところであり、さらに、前述のような従来の見解を踏襲しながら、昭和五二年一二月二〇日判決(民集三一巻七号一、一〇一頁、及び同一、二二五頁)では、裁量権にかかる裁判所の審査方法として、裁判所が懲戒権者と同一の立場に立って判断した結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずるべきものではないとしているのである。

そこで、社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を超えるとされる場合について考えると、結局、行政権の判断作用が、行政目的(人事権の行使でいえば人事権行使の目的)を全く逸脱し、これをそのまま放置しておくことが正義に反するような場合であり、つまり常識で判断してあまりにも無茶なことが明らかな場合ということになる(田中二郎、雄川一郎編「行政法演習Ⅱ」―有斐閣―一四〇頁)。

以上述べてきたことからして、『懲戒権者に任された裁量権の範囲』は、行政目的を実現するために非常に幅の広い弾力性と包括性をもった判断作用が許されるのである。懲戒権者の知識、判断はそのまま尊重されるべきであって、著しく妥当性を欠いて裁量権の濫用となるのは、このような懲戒権者の判断作用が、行政上の目的を逸脱してしまった場合であり、ただ単に裁量権の行使に多少の逸脱があったり、適切と思われない点があって妥当でないと思われるにすぎない場合は、裁量権の濫用とはならないし、当、不当の問題が生じても、違法性の問題が生ずる余地はないのである。前述の最高裁判所昭和四九年七月一九日判決でも、暗に処分者側の措置が妥当であったかどうかについては疑問を投げているものとも読めるが、しかしかりに、妥当性に問題があったとしても、処分者の判断を尊重すべきものとしたのである。

処分が違法か適法かということと、妥当かどうかということとは根本的に異なるものであって、違法であってはじめて司法審査の対象となるのである。

ところが、原判決は、上告人が主張する懲戒処分の処分事由事実を認定し、これらが地方公務員法第二九条第一項第一号及び第三号に該当し、懲戒処分の対象となる行為であることを肯認しながら、懲戒処分のうち免職処分を選択した点において、社会観念上甚しく重きに過ぎて、著しく妥当を欠くものであって、裁量権の濫用にあたるとしている。しかしながら、原判決が、本件免職処分が裁量権の濫用にあたるとしたのは、懲戒処分にあたっての前述の如き懲戒権者に任された裁量権を理解しないのみならず、本件非行行為が人身事故に至らなかったという「結果」のみを強調し、かつ、各地方公共団体における懲戒処分の実施についての基準に差異が生じることは何ら異とするに足りないとしながらも、他の地方公共団体における懲戒処分との均衡を失することをことさらに重要視したうえ、社会観念上の妥当性を欠くものと結論していることは、不当というべきである。

本件処分においては、後に詳述するとおり、札幌市では職員による交通法令違反行為の増加を特段に憂慮し、本件処分の約二年前から飲酒運転等の悪質な行為に対しては懲戒免職処分で対処する旨職員に周知、徹底しており、特に被上告人と同じ所属職場の職員が、本件事故の約三カ月前に、やはり飲酒運転行為により懲戒免職処分を受けていることから、この約三カ月間に同職場では、被上告人を含む職員に対し、約三〇回にわたる右と同趣旨の指導、警告を異例といってよい程行っていたものである。このような職場の特殊性、並びに交通事故防止については今や国をあげて取組んでいるという社会的な時代背景を原判決はことさらに無視したものといわざるを得ない。

すなわち、原判決は、本件懲戒処分について後述のとおり、いずれもくむべからざる事情をくみ、くむべき事情を看過した結果、地方公務員法第二九条の解釈、適用を誤ったものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

二、本件非行行為について

(一) 原判決ですら「原告は、昭和五三年四月二日午後一〇時ころから自宅でビールを二本飲んだ後、コーヒーを飲みに行こうと考え、自家用車を運転して自宅から約三キロメートル離れた喫茶店に向かい午後一一時ころ喫茶店に到着したが、同店には入らず、同店の二階のキャバレーに入り、そこでビールを二本位飲んだ後、酔いをさますため階下の喫茶店で昆布茶を飲む等して三〇分程時間を費した後再び自家用車を運転して自宅へ帰る途中、同月三日午前零時二〇分ころ札幌市白石区北郷三条六丁目附近で左右に蛇行運転をしていたのを、いわゆるパトカーにより交通取締を行っていた警察官に発見され、酒酔い運転の疑いありとして停止するよう指示されたが、これを無視して時速約四〇キロメートルで走行を続け、右パトカーに約一五〇メートル追尾され、同区北郷三条七丁目先の一時停止場所と指定されている交差点に入るに際し、一時停止をしないで進入通過したうえ、右交差点からさらに約一二〇メートル余走行し、走行していた幅員約五メートルの道路が進行方向の左方へ湾曲していたのに、直進したため、右道路の進行方向右側の路外にある木浪三雄宅前の立木に衝突して停止し、酒気帯び運転と一時停止義務違反の罪で、警察官に現行犯逮捕されたこと」「原告は、同月五日酒酔い運転及び一時停止義務違反の罪で起訴され……たこと」「……右木下の事故の前から札幌市は昭和五一年三月一日付で服務規律確保の具体的措置を取るよう各局部課長に指示し、飲酒運転等の悪質な交通法令違反に対しては懲戒免職処分で対処する旨職員に注意を喚起するよう通知していたが、右木下の事故後、木下の所属部長たる清掃部長は職員に対し綱紀粛正を訴え、また、札幌東清掃事務所では昭和五二年一二月一九日以降昭和五三年三月三〇日までの間、約三〇回にわたって交通事故防止のための指導を行い、飲酒運転をすれば懲戒免職になる旨警告していたこと」などを認定し、しかも「飲酒運転は道路交通法違反行為の中でも特に危険度の高い悪質な行為であることは明らかであり、……それにもかかわらずあえて飲酒運転をした原告の行為は、決して軽微な非行ということはできない」と判示しているのである。

(二) 原判決は、本件非行行為が現実に人身事故にならなかったことを強調しているが、被上告人が自宅で飲酒後自家用自動車を運転してキャバレーに行き同店に入った際、「少しフラフラしていたのでどこかで酒を飲んできたことが一目でわかった」とするキャバレーマネージャーの供述(書証略)があり、また、被上告人が同キャバレーを出て帰宅のため再び自家用車を運転し現行犯逮捕された際の状態は、アルコールの含有量が呼気一リットル中一ミリグラムと極めて高く、異常歩行をして左右にゆれ、三秒以上直立できない位酩酊しており(書証略)、このような状態で警察官の指示を無視して逃走し一時停止せずに交差点に突入した後さらに一二〇メートル余走行して路外にある民家の立木に衝突し漸く停止した事実からみて、重大な人身事故を発生させる危険性が極めて高いものであったといわなければならない。

(三) 交通事故防止は今や国民総ぐるみで取組まなければならない重要課題である。さらにまた、交通法規違反者に対する社会的批判が年々高まっていることは周知の事実であり、これらの事情は、道路交通法の数次の改正の際にも如実に表われている。昭和五三年五月二〇日公布された道路交通法の改正内容をみても、特に酒酔い運転については、「道路交通に与える危険性が極めて大きく、交通事故が発生した場合における致死率が非常に高いにもかかわらず、依然として減少しない。酒酔い運転は極めて反復性が高く、統計的にも他の違反行為をする可能性が大きいことが認められた」(書証略)として、一回の酒酔い運転だけで運転免許が取消されるように改正されたという社会的変化を注視しなければならない。

(四) さらに、被上告人の本件酒酔い運転に及んだ経緯をみても、原判決も認定しているとおり、緊急用務などの特段の事情は全くなく、自宅で飲酒後、及びキャバレーで飲酒後において慢然と飲酒運転行為を繰返すという悪質性があり、本件によってたまたま検挙されたものの、これまでも酒酔い運転を反復していた疑いが強く、その後も繰返すおそれがあったものである。

(五) これらのことを考慮すると、任命権者である上告人としては、交通事故、交通法規違反行為を防止するため、法令遵守義務を有する公務員である部下職員による特に酒酔い運転等の悪質な違反行為に対し、厳正な処分をもって対処すべき責務があるというべきである。

三、原判決の評価の誤りについて

原判決は、本件懲戒処分をもって裁量権の濫用にあたるとするについて、数点に亘って理由を述べているが、いずれも当たらない。

(一) 純然たる私生活上の非行であるとする判示について

公務員の私生活上の非行であっても懲戒処分の対象となることは、これまでの判例上確定しているばかりでなく、特に前述のとおり飲酒運転に対する厳しい法令、社会の態度に鑑み、法令を遵守すべき公務員による非行は、私生活上の非行であってもこれに厳しく対処するのでなければ、その防止を図ることはできない。かえって、飲酒運転は私生活上でなければ殆どありえないことを考えれば、これを寛恕することは司法が飲酒運転を容認するとの評価にもつながり、国民の信頼を得る途ではない。

(二) 人身事故とはならなかったとする判示について

酒酔い運転が人身事故につながり、その事故の致死率が高いこと、及び現に被上告人が現行犯逮捕される際に極めて危険性の高い状態であったことは、前述のとおりである。

そのために厳しい態度で飲酒運転を防止しなければならないのであって、原判決が、結果として人身事故とならなかった点をことさら強調していることは不当である。

(三) 改悛の情がみられるとする判示について

本件のように弁解の余地のない非行を犯した場合、その程度は別として改悛しない者はいないであろうし、また当然のことでもある。被上告人の場合は特に予測された免職処分を免れるためにもそれらしい態度を示す必要があったのである。

にもかかわらず、本件懲戒処分をするにあたり被上告人が上告人に宛てて提出した事実弁明書(書証略)及び人事担当職員による事情聴取(書証略)においては、新聞記事で報道された事実(書証略)又は上告人が部下職員をして所轄警察署職員から聴取せしめた事実(書証略)と、「一部異なる趣旨の信用できない弁解」をしたことは、原判決でも認定したとおりである。

すなわち、被上告人が警察官の指示を無視して逃走しようとし、さらにこの事実を上告人に隠ぺいしようとした態度は、これが仮りに犯罪構成要件に該当しないとしても、特に公務員に対する懲戒処分にあたっては決して見逃すことのできない行為である。

(四) 被上告人に前科がないとする判示について

被上告人に前科はないが、むしろ公務員で前科があることは稀であり、前科のないことは当然である。しかも、被上告人は道路交通法違反によって三回も反則金を納付した前歴があること(書証略)をみれば、本件を含めこの種違反に対しての遵法精神が薄いと断ぜざるを得ないのである。

(五) 刑事制裁として罰金刑ですんでいるとする判示について

刑事制裁における量刑の認定にあたっては、その非違による結果の如何が大きく左右するが、公務員に対する懲戒処分としての制裁は、特に道義的責任を追求し、行政目的にそって公務員関係の秩序維持を図ることを目的としている点で明らかに相違するものである。従って本件のような非違行為の種類によっては、刑事制裁とは別の観点から懲戒処分を行わなければならないのであって、原判決の判示は相当でない。

(六) 被上告人が分限、懲戒処分を受けた前歴がないとする判示について

被上告人が分限、懲戒処分を受けた前歴はない。しかし、原判決は一方で、「原告は、その勤務状態が優れていたとはいえない」こと及び「昭和四九年一〇月以降、従前の借家居住から自己所有家屋居住に変ったにもかかわらず、その届出をしないで引続き借家居住者としての住居手当の支給を受けていた」という公務員としてあるまじき不正行為があったことを認定しているのであり、特に後者の事実は懲戒処分をもって臨むべき非違行為であって、事実上の前歴とみなすべきものである。

(七) 被上告人が単純労務従事職員であることをもって、札幌市職員の名誉、信用が毀損された程度がさほど著しいものではないとする判示について

原判決は、「原告は札幌市衛生局清掃部(注、本件処分時は環境局清掃部)に所属して、単純な労務に従事していた者であることからすれば、公務員であるとはいっても、通常の一般市民に比して特に高度の倫理性の保持を要求、期待される者ではない」と判示しているが、非違行為による市職員の名誉、信用の毀損程度を論ずるに、倫理性保持の点で一般市民と比較することは暴論という外ない。むしろ、公務員ではあっても、単純労務従事職員と他の一般職員とでは信用失墜程度に著しい差があるとの前提であるならば、以下のとおり不当である。

最高裁判所の判例では、昭和五二年五月四日大法廷判決(刑集三一巻三号一八二頁)で、「現業職員も非現業職員も等しく公共的職務に従事する職員として、両者に基本的な相違はなく……等しく国民生活全体の利益と密接な関連を有するものであり」現業職員と非現業職員とは、その職務の公共性に変りがないことを判示し、さらに、昭和五三年七月一八日判決(民集三二巻五号一、〇三〇頁)で、業務の公共性につき前記の昭和五二年五月四日判決を踏襲したうえ、現業公務員の争議行為に対する懲戒権を制限するこの一般論そのものが成り立たない旨判示している。

また、これらの判決を受けて、東京地方裁判所昭和五五年七月一六日判決(東京地裁、昭和五一年(行ウ)第一三三号)は、本件同様、清掃事務所に所属し単純労務に従事する職員について「住民と直接かつ密接な接触を保ちながら……重要な行政の一端を担う」もので、「より一層の信用保持義務を負うことが要求される」とさえ判示しているのである。

そうすると、単純労務職員と他の一般職員とは、その職務の公共性においては変りないのであるから、住民との信頼関係においても差異はなく、それゆえに酒酔い運転に対する評価について、異なった評価はできないのである。特に職場外の非行については、その評価に差異を認めるべきではない。

札幌市では、北海道が交通事故死全国一位の実態にあるという地域的な事情もあって、昭和四八年一〇月に企画調整局に交通安全課(二係構成。現在は市民局に所属)を、昭和五一年五月には七つの区役所に各々交通安全係を設置して機構を充実しつつ、重点施策の一つとして、全市をあげて交通安全運動に取組んでいる(書証略)なかで、しかも特に、被上告人は交通安全宣言職場に所属し、職場が一丸となって飲酒運転を防止しようと努力している最中に本件非行を犯したもので、市民の信頼はもとより同僚職員の信頼すら裏切ったのである。このことから、通常であれば多少の非行でも救済しようと手をさしのべる同僚職員または職員団体も本件処分に対し、何らの救済措置を執らなかったのである。

さらには、札幌市の場合、任命権者が部下職員に対して行う平素からの交通安全に係る指揮監督は、単なる職員のための事故防止に係る指導に留まるものではなく、前述のとおり重点施策として内外に交通事故防止について強く訴えていることから、単純労務職員であると他の一般職員であるとを問わず職員がこれに反し悪質な法令違反行為をなすことは、直接的又は間接的に市政の遂行に支障を及ぼし、ひいては、市民の信用を失うものである。従って酒酔い運転について、単純労務職員と他の一般職員とにおいて異なった評価をすべきではないのである。

(八) 各地方公共団体は懲戒についての具体的基準を定めておくべきであるとする判示について

懲戒処分にあたっては、平等、公正であるべきこと等については当然の原則であるが、地方公務員法では懲戒についての具体的な基準を設けてなく、また地方公共団体の懲戒権者にその設置を意図、要求しているものでもない。もとより懲戒権者が任意で大まかな目安としての基準を定めることは自由と考えられるものであり、上告人においても、原判決でも認定しているとおり本件の約二年前から飲酒運転等の悪質な交通法令違反に対しては懲戒免職処分で対処することを明らかにしていたものであって(書証略)、少くとも本件非行に対する懲戒の基準は明確に定められていたものである。

(九) 警察官を除き他に処分例がないとする判示について

交通法規違反の取締りを一任務とする警察官については直接その取締りを担当しているか否かを問わず、自ら交通法規違反を犯すことは、国民の信頼を裏切る点において最も大きいことは明らかで、警察官のこの種違反に対する処分が厳しいことは当然のことである。

しかし、交通安全の保持はひとり警察官だけの職務ではなく、地方自治法第二条第三項第八号及び同条第四項に規定するとおり、地方公共団体のなかでも市町村独自の責務とされているものであり、札幌市においては、前述のとおり一課九係を設置し広く市民に協力を求めて交通安全の推進を行っているものである。従って市町村に勤務する職員も警察官と同列であり、少くとも両者を区別する合理的な根拠はないのである。

また、原判決は、「各地方公共団体における懲戒処分の実施についての基準……に差異が生じることは、何ら異とするに足りない」と判示しながらも、「原告の行為前の約三年間、道内においては、人身事故を起こさず、罰金刑に処せられた飲酒運転の行為に因って、懲戒免職処分をした例は、警察官に対するものを除いては、見当らない」ことを強調しており、明らかに矛盾していて理解し難い。

さらには、人身事故に至らず罰金刑ですんだという結果のみを重要視し、この結果のみをもって他の処分例とを比較し、処分の社会通念上の妥当性を論ずることは一面的にすぎ、懲戒権者が考慮すべき広範な事情のなかの他の重大な要素(行為の動機、性質、態様、影響、職場の特殊事情等)について、ことさらに座視したもので不当である。

四、むすび

原判決が、本件懲戒処分をもって裁量権の濫用にあたるとしたことは、以上述べたとおり理由がないものである。原判決は、公務員に対する懲戒処分の本質を理解しないのみならず、本件非違行為の評価を誤った結果、地方公務員法第二九条の解釈、適用を誤り、ひいては行政事件訴訟法第三〇条にも違背した違法があり、裁量権に関する最高裁判所の判例にも反するものである。

(添付書類省略) 以上

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